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Opera「石童丸ものがたり」9.26

Opera「石童丸ものがたり」9.26

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女人禁制の高野山に纏わる伝承悲話「石童丸ものがたり」(脚本・鵜山 仁)が上演された。
第17回公演で、はしもとしふるさとオペラ(代表・澤村テル)の主催による。
橋本市制10周年、そして今日が開会式となる「2015紀の国わかやま国体」を記念しての開催。
午後6時から、橋本高校邦楽部の琴演奏で幕が開き、6時30分より車川知寿子さんの荘厳な序曲から第二部として「石童丸ものがたり」がスタートした。
今回の公演で、おてる役の澤村テル先生が本番10日程前に足を骨折し手術というアクシデントがあり急遽おてるに変わって野口眞知子さんが代役を務めた。また舞台転換のスタッフが国体の開会式にかり出され、こちらも急遽 私sowwa(舞台監督で参加)の書の仲間である河盛 茂氏にお手伝いをいただいた。他、石童丸役の中西善子さんの甥っ子やコーラス出演者の弟、孫といった方々に協力いただき乗り越えた。
カーテンコール後の出演者の目に光る涙が、舞台の成功を物語っていました。
■キャスト■
苅萱道心・細川 勝(客演)、石童丸・中西善子、千里御前・山本弥生
与次兵衛・井本正彦、お鶴・片野由紀子、お亀・福本陽子、若女将・野口眞知子。
男声参詣人・石井敏明、田中秀樹、丹生一洋、井本正也、藤岡昭彦、松尾 隆、中岡孝成、谷口哲也、南 康平。女声参詣人・南 実津子、松山 恵、西畑菊子、辻 眞理。
わらべ・廣岡佳納、東川佳世、岡村憲子、南出舞美、橋本の子ども達

石堂丸イラスト

 ものがたり
 苅萱道心は、もと加藤左衛門繁氏といい、平安末期(十二世紀後半)、筑紫の国(福岡県)の領主でした。
 繁氏は、妻 桂子と共に、平穏に暮らしておりましたが、父の旧友朽木尚光の遺児千里の不幸な境遇に同情し、自分の館に引きとったことからこの悲劇が始まりました。
 あるとき、表面は仲睦まじい二人の女性の本心を見抜いた繁氏は、わが身の罪の深さに驚き、家も地位も捨てて京都に上り、はじめは法然上人の弟子になりました。
 その後高野山に登り、蓮花谷に庵をむすび、苅萱道心と称して、修行の生活に入りました。
 繁氏の出家直後、千里が一子を出産しましたが、その子には父の幼名をとって石童丸と名付けました。
 石童丸が十四歳になったとき、繁氏が高野山で出家しているという噂を耳にし、まだ見ぬ父に会いたい一心から、母と共に高野をめざして旅立ちました。
 ようやく山麓学文路の宿までたどりつきましたが、そこには『女人禁制』というきびしい山の掟がたちふさがっていました。
 石童丸は、母を宿に残し、一人で山に登って父の行方をたずね歩きました。たまたま「無明の橋」の上で、一人の僧と会いました。
 石童丸の話しを聞いた僧の顔色が、一瞬変わりました。
 この僧こそ、苅萱道心その人だったのです。
 しかし、浮世を捨てて仏道にはげむ繁氏には、親と名乗ることも許されず、 「そなたのたずねる人は、すでにこの世の人ではありません」といつわって、石童丸を母のもとへ帰しました。
 学文路に戻った石童丸を待っていたのは、母 千里がわが子の帰りを 待ちわびつつ、急病で亡くなったという悲しい知らせでした。
 悲しみにうちひしがれた石童丸は、再び高野に戻って苅萱道心の弟子となりましたが、生涯、父子の名乗りをすることはありませんでした。

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